私はイタリアにある「サンアントニオ・ダ・パドバのホスピス」を訪問する機会をいただきました。
ホスピスという場所は、病気を治すことだけを目的とした場所ではありません。
人生の最終段階にある方が、痛みや苦しみをできるだけ和らげながら、その人らしい時間を過ごすための場所です。
今回の訪問で私が強く感じたのは、そこにあったのが「医療の場」であると同時に、「生活の場」であり、「家族と共に過ごす場」でもあったということです。
穏やかな時間を支えるホスピス
サンアントニオ・ダ・パドバのホスピスでは、末期がんや重い病気を抱える方に対して、緩和ケアが提供されています。
医師や看護師による医療的なケアだけでなく、心理的な支援、理学療法、ボランティアによる関わり、宗教的な支えなど、多職種が連携しながら患者さんとご家族を支えていました。
ホスピスケアの中心にあるのは、病気そのものだけを見るのではなく、
「その人がどのように過ごしたいのか」
「何を大切にしてきたのか」
「家族とどのような時間を持ちたいのか」
という視点です。
これは、Y’Caringが大切にしている「人生に寄り添うケア」と深くつながるものだと感じました。
生活の場としてのホスピス
施設の中は清潔で整えられていながら、病院特有の緊張感だけではなく、どこか穏やかな空気が流れていました。
個室が用意され、プライバシーが守られた空間で過ごすことができます。
また、家族や友人が訪問しやすい環境が整えられており、患者さんが大切な人と共に時間を過ごせることが大切にされていました。
終末期のケアにおいて、家族と会えること、そばにいられることは、とても大きな意味を持ちます。
医療的な処置や症状の管理はもちろん大切です。
けれど、それだけではなく、
「誰と過ごすのか」
「どんな空間で過ごすのか」
「どのように見守られるのか」
ということも、その人の最期の時間を支える大切な要素なのだと改めて感じました。
身体だけでなく、心を支えるケア
ホスピスでは、痛みの管理や呼吸の苦しさへの対応など、医療的なケアが丁寧に行われています。
しかし、それだけではありません。
患者さんの不安や孤独、ご家族の迷いや悲しみにも目を向け、心理的な支援が行われていました。
終末期にある方は、身体の痛みだけでなく、心にもさまざまな揺らぎを抱えています。
そして、そばにいるご家族もまた、不安や葛藤を抱えながら大切な人を支えています。
その両方に目を向けること。
患者さんだけでなく、ご家族も含めて支えること。
そこにホスピスケアの大切な役割があるのだと思います。
多職種で支えるということ
今回の訪問で印象に残ったことの一つが、多職種によるチームケアです。
医師、看護師、理学療法士、心理職、ソーシャルワーカー、ボランティア、宗教的な支援を行う方々が、それぞれの立場から患者さんとご家族に関わっていました。
特に印象的だったのは、理学療法士の関わりです。
終末期におけるリハビリは、回復だけを目的とするものではありません。
少しでも楽に座れること。
家族と食事の時間を持てること。
身体のこわばりや苦痛を和らげること。
その人が残された時間を少しでも心地よく過ごせるように支えること。
そこには、単なる機能訓練ではない、生活を支えるリハビリの意味がありました。
祈りの場があるということ
施設内には、静かに祈ることができる場所もありました。
信仰を持つ方にとって、祈りは心の支えになります。
また、信仰の有無にかかわらず、静かに自分自身や家族との時間に向き合える場所があることは、終末期のケアにおいて大切な意味を持つのだと思います。
医療では解決できない苦しみがあります。
言葉にならない不安や悲しみがあります。
そのような時間に、ただ静かに過ごせる空間が用意されていること。
それもまた、ケアの一部なのだと感じました。
日本のケアを考えるきっかけとして
私はこれまで、日本の医療・介護の現場で多くの方の最終段階に関わってきました。
その中でいつも感じてきたのは、人生の最後の時間は、医療だけで支えられるものではないということです。
痛みを和らげること。
不安に耳を傾けること。
家族がそばにいられること。
本人の想いをできる限り大切にすること。
そして、その人がその人らしく過ごせる時間を支えること。
イタリアのホスピスで見たケアは、国や制度は違っても、ケアの本質には共通するものがあることを教えてくれました。
同時に、日本の現場で私たちが何を大切にし、何を見直していく必要があるのかを考えるきっかけにもなりました。



